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大切な”名前”の話

Twitterでは時々つぶやいていましたが、この春から音楽療法を学んでいます。

「音楽で人の役に立つとは、どういうことだろう?」と考えていた時に出会ったのが音楽療法でした。

4月から講座に通い理論を学びながら、5月からは知的障害者の作業所のセッションにお邪魔させていただいています。”人がよりよく生きるための音楽とは”と考える日々です。

先日も船橋で音楽療法の講座を受講してきました。そこで出たクライアントを呼ぶ”名前”の話は、本当にその通りだなと思ったので記しておきます。

軽度の知的障害者を対象にした音楽療法のセッションを行う場合、クライアント自身に「あなたは何と呼ばれたいですか?」と聞いた上で、挨拶の歌をうたいます。「名字+さん」だったり、「名前+くん」だったり、呼ばれたい名前は本当に様々です。

その上で、年齢がいくつであろうと、相手の呼んで欲しいという名前で呼びます。クライアントも、自分の呼んで欲しい名前で呼ばれると、とても満足そうです。

私も常々、相手をどう呼ぶかというのは、障害者に限らずとても重要なことだと感じていました。私自身、自分の呼ばれたい名前を相手の都合で呼んでもらえない場合や、おかしなニックネームをつけられた場合、その人に心を開くということができなかったという経験もあります。それくらい、人にとって”名前”というのは大事なものです。

もう一つ、かなり以前から、私の心の中で引っかかっていたエピソードがあります。知り合いの主婦の方がボランティアで知的障害者の作業所でボランティアをしたという話を聞きました。彼女は、「彼らは知能が小学生くらいだから、年上の人でも”○くん”と呼ぶの」と言いました。

その話を聞いた時、胸の中がすごくザラついた、といいますか、怒りに近いモヤモヤを感じました。そこには、自分より長く生きた人への敬う気持ちが感じられなかったからです。無意識だと思いますが、障害者に対して健常である自分は上なんだと優越感を持って接している、障害者の人格を認めていない、そう感じました。

ただでさえ、知的障害者は周囲の人から幼く見られがち、軽く見られがちです。軽度の知的障害者の場合、そのことを本人が敏感に感じて、ストレスになっている場合があるのだそうです。「自分は大事にされていない・バカにされている」と感じた結果、そのストレスが暴力などの問題行動となって現れたりすることもあると聞きました。

障害児者や高齢者のことをよく知らないでボランティアをしたり音楽療法をすることは、クライアントや周囲の方の命に関わる危険なこと。だから、きちんと学びたい。そう思います。

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プロフィール

萩本亜矢

Author:萩本亜矢
千葉県木更津市でリトミックとピアノの教室H.I.M.木更津を主宰しております萩本亜矢です。

『いつもおそばに音楽を』を合言葉に、音楽を通した地域の発展のお手伝いができたら幸いです。

武蔵野音楽大学音楽学部器楽学科ピアノ専攻卒業。現在、3歳児から70代までの生徒さんにピアノのレッスンをしています。

2013年に出版された『はじめてみよう スキルアップ音楽療法(クオリティケア出版)』に作詞作曲した楽曲が掲載され、2014年4月開校の木更津市立真舟小学校校歌の作曲者に採用されました。

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